違法ダウンロード範囲拡大は誰がために―「違法ダウンロード範囲拡大を考える院内集会」レポート


2月8日、参議院議員会館にて、「違法ダウンロード範囲拡大を考える院内集会」が開催された。主催は、コンテンツ文化研究会NPO法人うぐいすリボン
本集会は、今国会に提出されると噂されている著作権法の改正案について考える院内集会だ。ダウンロード違法化の対象範囲拡大の懸案事項について、当事者であるマンガ家やマンガ研究者、法学の研究者が、それぞれの観点からの報告を行った。登壇順に、大屋雄裕さん(慶應義塾大学教授)、藤本由香里さん(日本マンガ学会理事/明治大学教授)、赤松健さん(マンガ家)、竹宮惠子さん (マンガ家/日本マンガ学会会長)。
事の経緯としては、昨年2月ごろ、「漫画村」をはじめとする海賊版サイトが流行し浸透していることが問題視されるようになった。そこで、このような違法サイトに対して早急な対策を取るために、政府は緊急避難を理由に、インターネットサービスプロバイダーにサイトブロッキングを要請する方針を固めた。しかし、通信の秘密の侵害などの観点から有識者を中心に批判が相次いだため、結果的にブロッキングによる海賊版対策は一時的に棚上げとなった。その流れの中、ブロッキングに代わる対策として文化庁の審議会から提案されたのが、今回のいわゆる違法ダウンロードの犯罪化である。

1.著作権法の法的枠組(大屋雄裕さん)

最初に登壇した大屋雄裕さんは基礎法学の専門家として、実効性や法律固有の機能の観点から、ダウンロードの違法化の問題点を解説した。

大屋さんによると、今回の問題は静止画ダウンロードの違法化とよく言われているが、正確に言えばすでに違法化されている録音・録画のダウンロード違法化に静止画を追加する改正ではなく、録音・録画の限定を外して、およそ著作物一般のダウンロードに拡大するものだという。つまり、静止画からテキストや写真に至るまで、さまざまな著作物がこの範囲の中に入ってくることになり、結果的に静止画が含まれるというのが正しい理解となる。
次に、この著作物一般のダウンロードというのは、「自動公衆送信を受信して複製することである」と大屋さんは話す。この自動公衆送信とは、不特定多数の人に送ることであって、1対1のメールやクラウドにアップしておいて特定の人にだけダウンロードさせることは、これには該当しないという。加えて、デジタル方式による複製に限定されているので、単なる視聴や閲覧、また、プリントアウトについてもこれに当たらない。キャッシュについては、著作権法上の別の条文によって除外しているので、閲覧などによってパソコン上にキャッシュが残っても問題がないという。そうなると、「漫画村」のようなストーリーミング系のサイトを閲覧しても違法行為には当たらないことになる。これらは、行為の物理的な性質による限定、いわゆる客観要件と呼ばれるものであるという。
物理的要件のほかに、もう1つの絞り込みもされており、これが主観要件によるものだ。主観要件とは、違法なアップロードによるものだと明確に知っていることが必要であるということで、判断がつかない場合にダウンロードをしてしまった際の不安を取り除くべきだというのが、文化庁の審議会が今回提出した中間まとめの立場であるという。
そして、主観要件は2つの観点に区別することができるという。1つ目が、すべての事実はあらかじめ透明になっているとする神の観点だ。しかし、大屋さんは「漫画村」が自サイトは合法であると主張していたことを挙げながら、「違法と明記された違法コピーは通常存在するとは考えられず、そうなると知っていたはずだという内心の事実に関する証明をしなければならなくなるが、それは不可能である」と述べた。2つ目の観点は、事実は検証により明らかになるという、人の視点である。この視点に立てば、内心の事実の有無は様々な証言や記録を捜査して出てきたデータ、つまり外形的事実から決まることになる。大屋さんは、この観点については、静止画のダウンロード違法化がされた場合に該当行為をしている個人は相当数いるとした上で、
「外形的に違法なコピーのダウンロードがあれば、その時点で警察が捜査に着手することができてしまう」
と話す。つまり、神の視点に立つとそもそも実効性には期待できず、人の視点に立てば本来とは違った意味での実効性が上がってしまう可能性があるというのである。
遡ること6年前、2012年改正で録音・録画ダウンロードの犯罪化が行われた際、文化庁は軽微な事案まで積極的に捜査する意図はないことを主張していた。そして実際に、12年の改正後の摘発実績はないとのことだ。これを踏まえて、文化庁は今回も捕まる人はいないので心配はいらないとしているが、それではなぜ改正する必要があるのか。大屋さんは、「メッセージ性のためのものでしかない」とした上で、この法律のメッセージ性についての2つの問題点があると懸念する。

まず、文化庁が、検挙例がないことを理由に12年改正には抑止効果があったとしているが、大屋さんは
「文化庁が、法律の施行の事前事後や外国との比較というような検証を試みた形跡がなく、抑止効果の有効性の検証がされていないのにそれをさらに拡大するのは大変問題」
と述べる。本当に抑止効果があったかの確認が取れていないというのだ。
2つ目に、大屋さんによれば、法律のメッセージ性において、事後責任追及と事前行為指導の2つの要素を考える必要があるという。つまり、「人を殺したら死刑になるので殺さないでください」と事前に行為指導を行い、実際に殺人を犯したら、制裁することで、事後の責任追及を行う。この2つが循環することで、法律は抑止力として機能する。しかし、実際に捕まる人がいないとされている今回の改正案には、事後責任追及の部分がないので、実効性のない法というのは、守られるべきインセンティブを国民に提供しないことになる。大屋さんは、「そういう法が増えると、そもそも法律を破っても捕まらないんじゃないかという発想が強まり、法全体に対する信憑を弱める」と法の信頼性を揺るがす恐れがあると指摘する。
大屋さんはまとめとして、「法律が何のためにあるのか真面目に考えていただきたい。メッセージ性が重要であるというのなら、広報や補助金政策で抑止効果があることを証明することからやるべき」との提案を行い、報告を終えた。

2.日本マンガ学会理事、研究者としての視点(藤本由香里さん)

続いて登壇した藤本由香里さん(日本マンガ学会理事/明治大学教授)は、まず、「ダウンロード違法化の対象範囲拡大に対する反対声明」が出された詳細な経緯についての説明を行った。

藤本さんによれば、昨年12月の中間まとめが出されたころに、一部の理事から、この法案が成立するとマンガの研究に対して非常に大きな問題が生じてくるため、パブリックコメントなり声明なりを日本マンガ学会として出した方がいいのではないか、という提案がなされたという。これを受けて、何らかの意見表示をすることが必要であるということに関して、同学会の理事全員の賛成が得られたため、声明文の1-4の項目の部分を削った形の主文を、最初にパブリックコメントの形で提出したという。その後、中間まとめにある原案のまま法制基本問題小委員会を通りそうだということが分かったため、それに間に合わせる形で出されたのが、今回の理事の連名による声明となったそうだ。
また、藤本さんは中間まとめについて、
「被害を与えている真っ黒なものを取り締まろうというのではなく、この際だからすべてNGで原則違法にしてしまおうと。グレーなのにダウンロードする方が悪い、この辺りは委縮するぐらいでちょうどいいと言っているのではないか」
と感じる部分があるとした上で、グレーのものを含んでいるということは、真っ白でない二次創作や、引用の要件を守っていないものは訴えられる可能性があることが問題であると話した。
最後に、私見であるとした上で、制限を設けて違法化の拡大をしたいのであれば、
「現在有償で販売されている、まとまりのある著作物を販売しているそのままの形で、著作権を侵害していると明確に認識されるサイトから、正当な理由なく単行本丸ごとあるいは数話まとめてダウンロードする行為」
に限定する必要があると、藤本さんは述べた。この提案では、入手困難な絶版マンガや1コマだけの画像、それから研究目的での使用に関する配慮が行われている。ここまで限定すれば、同学会の声明にあった懸念事項は、ほとんど払拭されるだろう。

3.当事者である著作権者からの意見(赤松健さん)

3人目に登壇したのは、マンガ家の赤松健さん。赤松さんは開口一番、「今日2月8日はですね、記念すべき日なんですよ。なんと、私の最新巻『UQ HOLDER!』19巻の発売日!」と自身の単行本の宣伝を行い、いつもの赤松節に会場からは拍手が沸いた。
赤松さんは、日本最大の漫画家の権利者団体である公益社団法人日本漫画家協会の常務理事を務めている。しかし、今回の赤松さんの登壇者としての肩書は「マンガ家」だけだ。その点に自ら触れつつ、当事者であるマンガ家が今回のような規制に反対することについて、非常に立場が難しいとした上で、
「我々マンガ家は守ってくれようとする出版社や政府に対して、ありがとうございますと言いたい。しかし、国民全体に影響のある法改正なわりに、メリットが少ないのにマンガ家を守るためにやると言われるのがちょっと疑問」
と話した。
そして、赤松さんによれば、マンガ家は創作の資料として、日常的に二次創作を含む著作権的にグレーな画像のダウンロードを行っており、マンガ家のハードディスクにはそうした画像がたくさん入っているという。中間まとめにあるような形で改正案が成立してしまった場合、当然そうした資料の収集が行えなくなってしまう。これについて赤松さんは、
「これがなくなると、結構やばいですよね。出版社や文化庁が守ってくれるのはうれしいんですけど、ちょっと行き過ぎかなって感じますよね」
と、あらためて当事者を守ってくれることに対する感謝を強調しつつ、マンガの制作現場において負の影響について語った。
赤松さんは終盤に、集英社が先月28日に開始した海外向けの無料配信サービス「MANGA Plus by SHUEISHA」(※1)について言及。
「こういうようなことを出版社と作者が共同してやっていくことの方が推奨されるべきであって、法律で国民が困るかもしれないことを無理やりやっていくのには疑義がある」
と、政府広報や補助金政策とも異なる取り組みで対策を試みるべきだと締めくくった。

※1:「MANGA Plus by SHUEISHA」は1月28に集英社が海外向けにリリースした電子書籍アプリ。英語、スペイン語対応で、『週刊少年ジャンプ』の連載作品をはじめ『ジャンプSQ』などの人気作品、復刻作品などが無料で購読できる。日本からの購読はできない。
MANGA Plus by SHUEISHA
MANGA Plus by SHUEISHA(Facebook)

4.当事者、研究者の視点(竹宮惠子さん)

最後に登壇したのは、日本マンガ学会の会長でマンガ家、マンガ研究者である竹宮惠子さん。竹宮さんはこの日、本集会のためだけに上京し、その日のうちに別の仕事(※2)でまた京都に戻ったそうで、今回の法案はマンガ家である当事者にとってもそれだけ危機感を覚えるものであったということだろう。
竹宮さんは、はじめに研究者の立場として、
「手に入らない画像であるとか、そういうものをたくさん探しているわけです。その中では、いわゆる著作権に触れてしまうのではないか、というものも必要になることがあります。この法案の形であると、ダウンロードしてはいけない、違法であるという形になるのではないか。そのことが一番、皆さんの関心事でありました」
と、同学会の学会員から研究活動がしづらくなることについて、心配の声が上がっていることを明かした。
また、描く側の立場として、竹宮さんは「グレーゾーンといわれるところで、私たち描く側を援護射撃してくれる人たちがたくさんおります」と、マンガの作者とファンの距離が大変近いところにあるとして、二次創作によるファンコミュニティーの重要性について力強く語った。その上で、今回の改正案によって、これが崩れてしまうのではないかと危惧しているとして、「非常に大きなパワーを持った広報媒体といえるようなコミュニティー活動というものを委縮させない法律を作っていただきたい」と、改正案を提出する上での配慮を求めた。

※2:院内集会の翌日、2月9日に京都国際マンガミュージアムで開催された『ギガタウン・イン・テラタウン ――こうの史代の「漫符図譜」関連イベント こうの史代×竹宮惠子:「マンガ表現論」を超えて』

今回の一番の当事者であるマンガ家たちは、努力を重ね才能を開花させることでマンガを作り上げ、それを販売して儲けを出すことで生業としている。一方、海賊版サイトの運営者たちは、他人の著作権を侵害することによって、才能や努力なしに儲けている。当然、こうした被害を食い止めるための対策が急務であることに異論はない。だが、今回提出が噂されている中間まとめに基づく改正案は、現在浸透している海賊版サイトに対しては実効性に乏しく、捜査機関による濫用や法の信頼を揺るがす危険性も高い。そして、マンガ家や研究者からは、創作・研究活動がしにくくなるとの批判の声が多く上がっている。
2月13日の文化庁の文化審議会著作権分科会では、法制基本問題小委員会の報告書について審議される予定だ。そこでは、果たしてこの反対集会で指摘された点について考慮されるのであろうか。
問題の海賊版サイトを取り締まることができず、ただいたずらにユーザーの委縮を招き、著作権者からも歓迎されない。迷走する著作権法改正案は、いったいこの先どこへ向かうのだろうか。

■登壇者の著書

■参考資料
文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会報告書(2019年2月)

(取材・構成:マンガ論争取材班)

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