■児童ポルノは児童性虐待の記録そのもの
4月12日、フリーライターの廣田恵介さんが、change.org(を使った署名キャンペーンの第二弾「児童ポルノではなく【児童性虐待記録物】と呼んでください。」をスタートさせた。タイトル通りのキャンペーン内容だが、賛同するかどうかは各自ご判断の上として、この用語としての「児童ポルノ」の問題点を簡潔にまとめた呼びかけと、全国会議員に届けられる予定の意見の文面は是非とも読んでいただきたい。
署名はスタート7日目にあたる本日(18日)5000人を突破。目標である2万人の1/4まで来た。もちろん筆者も署名している。小誌「マンガ論争」は運動体ではなく、あくまでも漫画にかかわる情報と論点を伝えるミニコミ誌だが、今回のキャンペーンは小誌が従来述べてきた見解とも完全に一致し、この論点はもっと知られるべきだと考えている。署名増加の勢いが維持できるかどうかは、「こんな署名キャンペーンがある」という事実が拡散され、周知されることにかかっている。署名をするかどうかはあくまでも個人の判断だが、児童ポルノ禁止法には、まず用語についての懸念があるということは、もっと知られるべきだと考える。
■たかが文言の問題ではない
「たかが文言の問題」ではない。廣田さんのテキストや署名した人々の真摯なコメントを読めば根本的な問題であることが浮かび上がってくる。これまで「児童ポルノ」という禍々しい用語が、いかに誤解され、誤用され、便利に利用されてきたかを考えてみてほしい。
プロ、アマを問わず、自分の作品が「児童ポルノ、児童ポルノに類するもの」として公開の場で指弾されたどう感じるだろうか? 何度でも言うが創作物は現行法上の児童ポルノににはあたらない。故に、創作物に対する児童ポルノ呼ばわりは、極言すれば推理小説やテレビのサスペンス劇場を犯罪そのものと名指しし、作家を殺人者呼ばわりするのと同じレベルだと思う。自作を公の場で児童ポルノ呼ばわりされた人が名誉毀損や侮辱罪で訴えても不思議ではない。しかし「児童ポルノ」という言葉の恐ろしいところは、たとえ勝訴したとしても「一度は児童ポルノと呼ばれた」という事実が一人歩きし、事情を知らない人々に誤解と偏見の根を残す。つまりセカンドレイプ的な被害を受ける可能性があるわけだ。著名なクリエイターならば、まだいい(もちろんよくないが)。これが、さほど著名ではなかったり、別の仕事で生計をたてていたりする人だと、場合によっては致命的である。これは痴漢冤罪の恐ろしさと似ている。性的な犯罪への関与を疑われるだけで職場、地域社会で孤立し、白眼視されてしまいかねない。そういう恐怖がある。だから表沙汰にしたくない。泣き寝入りし、表現活動を萎縮させてしまう。表現物を「児童ポルノ」として指弾する人々の中には、もしかしたら誤解ではなく、そうした萎縮効果を狙っている人がいるかもしれない。
最も卑近な例として、先日来話題になっているのがGMOメディアのやらかした一件である。現在、GMOメディアは「児童ポルノ」という言葉が誤用であったことを認めて謝罪しているが、なぜ同社は「児童ポルノ」なる用語を使用したのだろうか? 児童ポルノ禁止法そのものを読んでいなかったのか? それとも「児童ポルノ」という用語を使うことによって、何らかの効果を期待したのか? 実際のところはわからない。
しかし、表現物を「児童ポルノ」と呼んで排除しようとしたのはGMOメディアが最初の例ではない。
2012年11月から2013年に3月にかけて森美術館で開催された『会田誠 天才でごめんなさい』の「犬」シリーズが、「悪質な児童ポルノ」と非難され、作品の撤去を求められ、署名運動を起こされるという一件が記憶に新しい。しつこいようだが現行法では創作物は児童ポルノ法の規制対象ではない。
無知に基づいた錯誤なのか、意図的なミスリードなのか、思想信条に基づいた確信なのかはここでは判断しない。いや、できない。言えることは「間違ってますから」だけだ。
これが表現規制を強化しようとしている人々、特定の表現物を公開の場から排除しようとしている人々の間だけで起きている「間違い」だとしても頭が痛いのだが、こうした発言が、児童ポルノ禁止法にほとんど興味のない人々に届いた時、「漫画やアニメにもエロいのがあるよね。あれって児童ポルノじゃね」みたいな風評がが拡がっていく。
そうした結果「児童ポルノ」という言葉自体が曖昧化し、具体性を欠いたまま流通する。これは決して健全な事態ではないだろう。
「児童ポルノ禁止法(児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律)」は立法目的として以下のように定めている。
第一条 この法律は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性にかんがみ、あわせて児童の権利の擁護に関する国際的動向を踏まえ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利を擁護することを目的とする。
ところが、成立前から現在に至るまで喧しく議論されているのは、児童ポルノの定義の是非であり、児童保護/救済についてはほとんど議論の対象にすらなっていない。有り体に言ってしまえば「児童ポルノ」の範囲を拡大しようとする動きと、それに対するカウンターの動きに膨大なリソースが費やされている。本気で児童ポルノを撲滅し、被害児童を救済するために、廣田さんが提唱する「児童性虐待記録物」という間違えようのない文言に変更することは妥当な考えだと思うが、どうだろうか? そうなれば児童ポルノ禁止法成立後、延々と繰り返されている定義の問題はすっきりする。その上で、単純所持の議論を深めればいいのではないか?
■インターポールは「児童虐待製造物」と呼ぶ。「ロリコン漫画は被害者がいないので児童ポルノでない」と明言
廣田さんと同様の提唱はこれまでにも行われてきている。ただ、残念ながら今回のような形で周知されてこなかったという経緯がある。
例えば2011年に改正された「大阪府青少年健全育成条例」では「児童ポルノ」ではなく「子どもの性的虐待の記録」という用語が使用されている。
(子どもの性的虐待の記録に係る努力義務)
第39 条 事業者及び保護者は、次の各号のいずれかに該当する青少年に対する性的虐待に係る行為の全部又は一部を視覚により認識することができる方法により描写した写真、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)に係る記録媒体その他の物(以下「子どもの性的虐待の記録」という。)を製造し、及び販売しないよう努めなければならない。
(1)刑法(明治40 年法律第45 号)第176 条から第178 条の2までの規定に該当する行為
(2)児童福祉法(昭和22 年法律第164 号)第34 条第1項第6号に掲げる行為
(3)児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律第2条第2項に規定する児童買春
(4)児童虐待の防止等に関する法律(平成12 年法律第82 号)第2条第2号に掲げる行為及び同法第3条の虐待
(5)第34 条各号に掲げる行為
(6)13 歳未満の青少年が水着、下着等を着用した状態で陰部又はでん部を強調した姿態をとらせる行為
(7)13 歳以上 18 歳未満の青少年の同意を得ず、又は当該青少年を威迫し、欺き、若しくは困惑させて、当該青少年が水着、下着等を着用した状態で陰部又はでん部を強調した姿態をとらせる行為
2 何人も、子どもの性的虐待の記録を所持しないよう努めなければならない。
この改正に携わった園田寿教授(甲南大学法科大学院・大阪府青少年健全育成審議会座長)は、2012年4月24日に開催されたうぐいすリボン主催の講演会「児童ポルノ禁止法の問題点」において、「児童ポルノ」に代わる用語として「『性的虐待記録物』という用語」に変更することを提案している。これは、明らかに性的虐待が行われているにもかかわらず現行法の基準では「児童ポルノ」と法廷で認定されなかったケース(着衣児童への射精写真)があることを踏まえ、裸体写真かどうかではなく被害の実態を重視すべきだという考え方だ(講演レポートは『マンガ論争7』掲載の「実在か?二次元の存在か?21世紀の『児童ポルノ』」昼間たかし取材・文を参照)。
こうした用語としての「児童ポルノ」の厳密化は、国際的にも進行中だ。
2011年12月8日、ガーデンシティ品川・ネクサスホールで開催された「インターポール(国際刑事警察機構)及び国内有識者による児童ポルノコンテンツ流通対策に関する国内外動向セミナー」で国際刑事警察機構(ICPO)の登壇者は「児童ポルノ」ではなく「CAM(Child Abuse Material)」(児童虐待製造物)という用語を使い、さらに虐待の被害者が存在しないロリコン漫画はこれに当たらないと明言している。
■署名することに意味はあるのか?
この署名キャンペーンが目標の2万人に達することができるかどうかは未知数である。また目標に達し、山田議員を経て(4/23:事実誤認がありましたので訂正しました)全国会議員に意見が伝えられたとして、何が変わるのか? という疑問はあるだろう。
まず達成するかどうか、あるいは達成にどれだけの時間が必要かは予測できない。初動の勢いが最後まで続くのが理想だろうが、そもそも児童ポルノ禁止法そのものに興味を持ち、このキャンペーンの存在を知った人がどれだけいるのかわからない。こればかりはどれだけこの情報が拡散し浸透し周知されるかにかかっている。
次に達成した場合、どうなるか? これも未知数である。国会議員のみなさんが「なるほど、すばらしい提案だ」と諸手を挙げて賛成するというのは夢物語に近いだろう。議員の中でもこの問題についての温度差は大きいのが現実だ。主体的にかかわっている議員もいれば、消極的で党の見解に委ねている議員もいる。だから劇的な「何か」は起こらないかもしれない。
だが、目標を達成しようがしまいが、この問題が幅広く知られることは決して小さな出来事ではない。
多くの人々、中でも児童を守るために児童ポルノ禁止法を強化すべきと考えている人々にこそ知って欲しい問題である。
当然、目標が達成できれば、国会議員の間に、賛否とは別この問題への認知が拡がるだろう。そこから新たな議論が起きる可能性がある。
また、GMOメディアに対する抗議署名キャンペーンのおかげで、同社がどんな姿勢の会社ということがわかったように、今回の問題提起から何かが見えてくるだろう。
■名も無き市民の会も請願署名活動をスタート
児童ポルノに関しては保守系の市民団体「名も無き市民の会」(通称:名無し会)が「児童ポルノ法改正問題請願」への署名活動を開始した。
請願の内容は
本請願は、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下、同法)」の改正問題に関して、その「児童ポルノ」という法の呼称故に誤解の多い同法をより適切な形に改めるよう求め、国民的議論と合意形成が充分でない現況下での「児童ポルノ単純所持罪」の新設といった罰則の強化などに対して、極めて慎重な取り扱いを国会に要請するものです。
という導入部から始まり、
1)児童ポルノの定義の精密化、明確化
2)「所持、取得」への新たな罰則を設けない
3)イラスト等の被害者なき創作物を同法の範囲に含めない
4)「児童性虐待防止法」等のより適切な法律名に改める
5)「三年を目途」とする検討要項を削除し、必要に応じて改正を検討する
以上、5点を請願するものである。原文ではそれぞれの理由が論理的に書かれているので、是非とも原文を読んでいただきたい。いずれも説得力のある内容だ。
請願は両院議長宛になっており、請願の紹介議員である山田太郎参議院議員、西村眞悟衆議院議員(無所属)を通じて届けられる予定になっている。
廣田さんの署名キャンペーンはネット署名であり、全議員宛の私信とも言えるだろうが、こちらは請願という形式に則った議会に対する市民の公式的な意志表明である。
その分、署名簿をダウンロードして自署する必要があるが、こちらも検討していただきたいと思う。
(編集長:永山薫)
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わかりにくいですけどセミナーでICPOの方が使われたという「CAM」を使うという手もありますね。国際的にこちらがオフィシャル,スタンダードだというコンテクストを持たせることができるので(「要するに児童ポルノです」と言いくるめられないよう注意が必要ですが)。
ものすごく同意しました
自分も以前から危機感を覚えていることではあるので、署名活動に参加させていただきます
本物の性的虐待だけを、食い止めてください。