本誌も応援している「児童ポルノではなく【児童性虐待記録物】と呼んでください。」署名キャンペーンは現在も進行中で、1万人署名の大台にじわじわと近づいてきていますが、この法律名に関して興味深い事実が明かになりました。インターポールが公式サイトで「児童ポルノ」という用語として不適切だと断言しているというのです。だとすれば、グローバルスタンダードを意識している我らが「児童ポルノ禁止法」の立場は一体どうなってしまうのでしょうか? 国際会議で同法を持ち出した時
「えっ『児童ポルノ』? それは、もう国際的には不適切な用語なんですがw」
と苦笑されてしまうかもしれませんね。
■銭形警部でおなじみのインターポールって?
国際刑事警察機構(International Criminal Police Organization、略称:ICPO)は、インターポール(Interpol)とも呼ばれ、世界190の国と地域の警察機関が参加する組織です。モンキー・パンチ原作の漫画とアニメ『ルパン三世』に登場する銭形警部がインターポールに所属していることもあって、日本でも知名度が高い「国際警察」です。
インターポールは国際犯罪防止のための組織であり、「児童ポルノ」に対しても厳しい態度で臨んでいます。90年代の一時期、インターポール「日本が児童ポルノの発信基地だ」という立場を取っていたようですが、その根拠、つまり統計的な数字は今もって不明です。詳しい事情、ニュースソースをお持ちの方はお知らせいただければと思います。
そうした経緯もあり、インターポールの「児童ポルノ」に対する姿勢に疑問を持つ人々も存在しました。
ところが、2011年12月8日、日本で開催された「インターポール(国際刑事警察機構)及び国内有識者による児童ポルノコンテンツ流通対策に関する国内外動向セミナー」では最新の事情が明らかになりました。詳しくは「Togetter – 奥村弁護士によるICPO児童ポルノ流通対策セミナー実況まとめ」を参照していただきたいのですが、かいつまんで言うと、ICPOの児童ポルノの専門家が、幼児が登場するポルノグラフィ的な画像を「児童ポルノ」ではなく「CAM(Child abuse material=児童虐待製造物)」と呼び、容認されているポルノとは一線を引いたこと、虐待の被害者なき漫画はそれには当たらないと明言しました。
これは特に当時の東京都青少年条例(いわゆる非実在青少年規制)問題に関心を持っていた人々の注目を集めましたが、Togetterしかソースが見つからないため、喧伝されるには至りませんでした。
ICPOの専門家が準拠していたソースが@hikichinさんによって発見されたのはごく最近のことです。
わざわざ、こんな手の込んだものを誰かが捏造するわけもないのですが、念のためICPOのホームページ(英語版)に行って、「CAM」でサイト内検索すると、6ヒット(内4ヒットは同ページ)し、該当のページもちゃんとヒットしていました。間違いありません。ただ、日付が不明なので、いつからこうなったかはわかりません(5/20追記:Webアーカイブの2011年11月26日時点の過去ログがあると@hikichinさんから情報をいただきました。ということは、やはり上記のセミナー以前から、こういう見解だったことがわかります)。
■児童虐待はポルノではない
残念ながら筆者は英語が堪能ではありません。
Googleの自動翻訳を参照し、なんとか読解しました。短いテキストなので英語力に自信がなくとも大体のことは理解できると思います。英語力に自信のある方は、間違いがあれば訂正しますので、お知らせいただければ助かります。
さて、同ページの見出しは「Appropriate terminology(適切な用語)」です。
この段落には、「各国の法執行機関は『児童ポルノ』という用語は、どうも誤解を呼びやすいので、他にもっと適切な用語を使う時期だと考えている」という意味のことが書かれています。いわば前書きですね。
次の小見出しは「Child abuse is not pornography(児童虐待はポルノではない)」です。
第一行目には明確にこう書かれています。
子供の性のイメージは『虐待』または『搾取』であり、『ポルノ』と表現してはいけません
何故そうなのか? ICPOでは、あるいは国際的な警察機関の間では「ポルノ」とは、大人が合意の上で出演し、性的快楽のために合法的に販売されるものという認識のようです。これについては後で考察するとして、先に進みましょう。
児童虐待画像には合法的なポルノと違って、被写体となることを同意出来ない、または同意していない、犯罪の被害者としての子供が(被写体として)含まれます。
ざっくり意訳するとこうなります。重要なのは「victims of a crime(犯罪被害者)」の画像だという認識が示されている点です。
2011年のセミナーで「漫画はそれにあたらない」とインターポールの関係者が断言したのも、そうした認識があればこそなんですね。
続くセンテンスではさらに「児童虐待画像は児童に対する性的虐待という犯罪の記録である」といういう意味のことが書かれています。
■重大な犯罪と深刻な定義
次の小見出しは「Serious crime, serious definition(重大な犯罪と深刻な定義)」です。
最初のセンテンスはわかりづらいですが、意訳すると、
児童虐待画像によって性的な欲望を目覚めさせられた大人たちは、そこで行われている虐待を気にしないか、本気にしていないことがある。なぜなら、「児童ポルノ」などの合法的だと誤解しやすい用語が使われている場合、それが合法的な『ポルノ』であるように考え、正当化し、容認してしまうからだ。
ということです。さらにこれらの画像を性的な欲望を目的として所有し、眺め、交換する大人たちが、子供たちに接触し、犯罪を犯す可能性があることを指摘し、「キディポルノ」「児童ポルノ」は犯罪者が使う用語であって、
法執行機関、司法当局、公共またはメディアが使用する用語であってはなりません。
と結んでいます。しかしながら次のセンテンスを読むと、一部の国の法律や警察の児童虐待部門では、そうした用語を使わざるを得ないことも理解しているようです。とはいえ、
こうした不適切な用語と定義は、性的虐待の影響への理解が不完全だった時代の産物であり、時代の変化に応じて、被害者の保護と権利をよりよくするために、少しずつ改正されてきました。司法機関は正確な用語を使用することによって、こうした時代の変化に貢献すべきです。
と述べ、こう結んでいます。
性的虐待を受けたり、写真を撮られたりした子供たちは、保護され、敬意を払われるに値します。『ポルノ』という用語によって、こうした虐待の深刻さが矮小化されてはなりません。
■適切な用語
最後の段落では、適切な推奨用語が挙げられています(カッコ内は筆者注記)。
・Documented child sexual abuse(児童性虐待の記録)
・Child sexual abuse material(児童性虐待製造物=CAM)
・Child sexual exploitive material(児童性搾取製造物=CEM)
・Depicted child sexual abuse(児童性虐待描写物)
・Child abuse images(児童虐待画像=CAI)
■考察:用語としての『ポルノ』についての温度差
このICPOの見解には、かつて日本を児童ポルノの発信基地として指摘したとされる当時とはかなり違うなという印象を受けました。先述のようにまさに「少しずつ改正されてきた」結果なのかもしれません。同機関がかつて、何をもって「児童ポルノ」として、日本が世界的な発信基地だと指摘したのか? は今後、明らかになるかもしれませんが、ここでは敢えて追及しません。重要なのは今もなお絶えることのない児童性虐待をどうするかであり、そのための実効ある法整備と啓蒙だと思います。
ということを踏まえた上で、ICPOの見解を考察してみたいと思います。
ICPOの見解を要約すると
「『ポルノ』という用語は主に合法的に扱われる商品を指しており、児童性虐待の記録を『児童ポルノ』と呼ぶのは不適切である。なぜならそれによって児童虐待の記録があたかも合法的な商品であるかの如く受容され、児童性虐待の問題を矮小化してしまうからだ。また被写体となった児童性虐待の被害者が『ポルノ』の出演者であるかのようにな印象を与えてしまうという意味でも不適切」
ということになります。全くこれは正論であり、かくあるべきだと考えますが、微妙に引っかかるのが「ポルノ≒合法」という部分です。なぜなら日本では未だにポルノが解禁されていないからです。ICPOに参加する190の国の地域の総てでポルノが解禁され、無修正動画が世界中で自由に観られているわけではありません。ポルノを楽しんだだけで処罰される国もあれば、そもそもヌード表現自体がアウトな国もあります。日本ではヘアヌードまでです。つまり「ポルノ」は国ごとに温度差のある概念で、非合法から合法まで幅広いグラデーションがあるわけです。ICPOの見解は、国際的なコンセンサスに立脚しているわけではありません。正確に言えば、欧米基準であり、あからさまに言えば欧米の白人優位のキリスト教圏の民主主義体制の先進工業国におけるコンセンサスです。世界全体からみれば少数派かもしれません。いや「児童ポルノ禁止」を法制化している国自体が少数派だったりします。
グローバルスタンダードの押しつけと言うべきかもしれませんが、国際機関のICPOとしては敢えて明確なガイドラインを示す必要があったのだと思います。参加国それぞれが独自の解釈、定義に従うことを認めてしまうと、児童性虐待の防止、被害児童の救済という本来の目的に裂くべきリソースが分散しかねないからです。
ICPOのガイドラインは欧米先進国の「ポルノ」に対する姿勢とほぼ一致しています。つまり、
「大人はポルノに出演するのも、それを観て楽しむのも自由。しかし、子供を『児童ポルノ』に出演させたり、『ポルノ』を見せるのは禁止」
ということです。
■考察:被害児童救済のために
もちろん、日本がICPOのガイドラインや欧米基準に合わせる義務はないでしょう。日本には日本独自の方針があっていいと思います。ただ、「児童性虐待記録物」はネットで国際的に被害が拡大します。国際的な協力は必要不可欠です。そもそも、現行法第一条には、次のように目的が明示されています。
第一条 この法律は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性にかんがみ、あわせて児童の権利の擁護に関する国際的動向を踏まえ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利を擁護することを目的とする。
ICPOの見解を見る限り、現在の「国際的動向」として、「ポルノ」性ではなく「児童に対する性虐待」を重視しています。
それを踏まえて現行法の「児童ポルノ」の定義を見ると、「児童に対する性虐待」よりも、行為や肌の露出度といった「見た目のワイセツさ」を重視しているように思えてなりません。
今すぐは無理だとしても、「児童ポルノ」の定義の条項に「児童に対する性虐待、性搾取の記録」であること明記するだけでも相当整備できると思います。これまで曖昧さを指摘され続けてきた3号ポルノ「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」をめぐる不毛な論争は不要になりますし、冤罪や恣意的な運用も起こりにくくなります。また「性虐待」を前面化することによって、これまで規制の網からこぼれていた着衣児童に対する射精写真などの「性虐待」を取り締まることもできます。
さらに「児童ポルノ」という用語が条文からなくなれば、本来は児童虐待の被害者であるにもかかわらず、いわれなき共犯者意識を持たされてしまうという悲劇をある程度防ぐこともできます。
もちろん「児童性虐待」の定義や基準は必要となるでしょう。また用語変更について異論のある方もいらっしゃるでしょう。様々な意見はあると思いますし、そうあるべきだと考えますが、現行法制定の主旨である児童保護をより強化し、被害児童を救済するためにも、真の意味での「改正」を望みます。(編集長・永山薫)
PS.訳文の不備、誤った解釈などがありましたら、お知らせください。
関連記事:「児童ポルノではなく【児童性虐待記録物】と呼んでください。」署名が5000人を突破した件。「マンガ論争」も賛同してます。
5/20追記
うぐいすリボンさんに、もっとちゃんとした訳文が掲載されていますので、ご参照ください。
うぐいすリボン『change.org での署名について』