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■夜明け直前の日々
永山 主人公の顔が似てませんね(原著p112)というネタバラシがございまして(笑)。
松本 斬姦狂死郎の顔を使ってます(※9)。
永山 顔写真NGですよね。
松本 こないだも『日刊ゲンダイ』さんがきたんだけど『闇の淫虐師』(※10)のイラスト渡して、コレにしてくれと。というのもね、読者が作者の顔を知ると抜けなくなると。官能作家でも顔出さないでしょ。こんなオヤジが描いているのかと思うと抜けない(笑)。
永山 でも館淳一さん(※11)はFacebookで顔出してますよ。カッコイイ写真を。
松本 あの人はナイスミドルだよね。まあ、知らない方がいい。大西祥平くん(※12)なんかもね「ダー松先生と知り合って、抜けなくなりました」って(笑)。まあ、そうだろうなあと。
永山 えっえ〜!? 軟弱だなあ。今度会ったら説教してやる(笑)。
松本 中島史雄さんもその方針。「作者が顔を出していいことなど何一つない」と。
永山 中島さんは、そんなマイナスになる顔じゃないと思うんですけどねえ。
松本 まあ、そういうポリシーで。
永山 この見開き(原著p112-113)は対話形式になってますよね。
松本 モノローグよりは少しは読みやすいかなと。
永山 重い内面吐露ですし。別にビッグマウス伊藤(※13)が訊き手というわけではない?
松本 一応雰囲気は担当と話しているという感じで……。
永山 これ(原著p113)は当時の写真ですね。
松本 ちょうどあの頃は近場の高円寺平和座(※14)、阿佐谷オデヲン座(※15)によく行ってました。この『バルジ大作戦』(※16)とかのポスターはオデヲン座のですね。3本立てでやってました。
永山 住所プレートが高円寺南四丁目。
松本 そのへんに住んでましたね。
永山 高円寺の貧乏アパート。
松本 今、もうないですねえ。
永山 ないんですか?
松本 綺麗なマンションばっかですよ。
永山 昔から、阿佐ヶ谷、高円寺、新高円寺あたりは若い漫画家が多かった。阿佐ヶ谷は今でも多いですよね。山本夜羽音さん(※17)とか、あびゅうきょさん(※18)とか。
松本 阿佐ヶ谷はあの頃から飲んだくれが多くて。『独身アパートどくだみ荘』(※19)の奥さんの店が阿佐ヶ谷にあって、連れられて行ったら奥さんがママさんやってました。
永山 そうなんですか。
松本 高円寺から電車代もったいないし阿佐ヶ谷まで一駅ですからよく歩いて行きましたよ。
永山 真っ赤な部屋……これは本当なんですか(原著p116-117)。
松本 これは本当です。裸電球まで真っ赤に。孤独の中で。誰も当時は会ったりする人いなかったから、一人孤独に死んで行った。あれやっぱねえ、当時の人たちはみんなショックでしたよ。元さいとうプロの何人かで焼香にいこうとお兄さんとこに電話したんですが断られました。弟があちらこちら……いろんなとこに借金していたことを御存知だっただろうし、なかなか会い辛らかったんでしょう。 貸した金はわずかな額で諦めましたが、まだ読むまえに貸してあった本、溝口敦の『血と抗争―山口組ドキュメント』(1968年、三一書房)(※20)を回収できなかったのが残念……というつまらないことをなぜかいまだに覚えてますが……。調べるとAmazonでいまも買えるようですが、いまさら山口組の本を読もうという気はしないけど。
永山 衝撃を受けた先生はブチ切れて、藤尾さんの部屋から飛び出して、疾走する。
松本 こういう動きのあるコマも入れないと、こういう話、退屈だろうと思って(笑)。鈴木清順の『刺青一代』『関東無宿』(※21)です。
永山 この見開きは当時の先生が出会った人々の群像ですね。
松本 この中で出世したの、花輪和一さんぐらいですね。これ、実際にあったんだけど、デビューが決まったんだけどオイルショックで紙のページが減って、こいつの載るはずのページが消えた。
永山 中山さんの悲劇ですね。
松本 がっかりしてました。幻のデビュー。今も雑誌減ってるから、はみ出してる人いるんじゃないですか、ライターとか。
永山 俺も仕事ないですからね(笑)。結局、現在も残っているのは花輪さんとダー松先生以外では?
松本 津田くんももうやめてますから。
永山 津田さんもエロ漫画の方へ?
松本 編集になりました。しばらく漫画描いてたんだけど、その経緯は後で出てきます。最後、編集で一発当てました。クイズ本で。タモリの『笑っていいとも』で「あるなしクイズ」やっていた頃です。フジテレビでも本(※22)を出したんだけど、マネ本(※23)を出してみたら増刷増刷また増刷。何十万部か売れて、何千万円か入って仕事ぱたっとやめちゃった。
永山 それで次回は1975年ですね、いよいよ。
松本 エロ漫画の時代がやってくる。その前は雑誌がなかったからね。
永山 まあ、なかったわけじゃないけど。
松本 そうですね。でもかる~~い艶笑話的な大人のお色気本として……。エロ劇画のギラギラしたものは一切ありません。
永山 1975年が三流劇画のピーク。
松本 1975年からの3~4年が量的にはピークなんじゃないでしょうか。それまでは、シャワーシーンがあるとか、尻を振る程度で、カラミが全面的に展開するようなアレはないですよね。
永山 この最後のページの写真は?
松本 たぶん赤羽でしょう? 陸橋から写してる。(笑)。
永山 では次回は怒濤の1975年ということで。
脚註
※9:斬る、姦す、狂う、死ぬというバーサーカーみたいなネーミングだが、実態は剣の達人で中性的な美少年キャラ。タイトルロール作品として『斬姦狂死郎 制服狩り』(1998年、久保書店)、『斬姦狂死郎 美教師狩り』(1999年、同)がある。いずれも絶版だが、ダーティマーケットで復刻版CD-ROMを購入可能。
※10:ダーティ・松本初期作品の代表的キャラ。『堕天使女王』(『闇の淫虐師』傑作集1、1978年)、『裂かれた花嫁』(傑作集2)、『エロスの狂宴』(傑作集3、1979年)『陶酔への誘い』(傑作集4、1980年)いずれも久保書店。何度か復刊されているが、最も新しいものは2012年刊行の新装ベスト増補版。『日刊ゲンダイ』(2014年11月2日号)の記事は『あの人は今こうしている「エロ漫画の巨匠」ダーティ・松本さん 写真が“自画像”の理由』。
※11:1943年生まれのベテラン官能作家。『姦られる』(1981年、二見書房)から現在に至るまで著書多数。個人的には少年のフェティシズムと女装へと向かう欲望、年上の女性による支配を描き出した初期傑作『ナイロンの罠』(1983年、ミリオン出版)が衝撃だった。
※12:1971年生まれのライター、漫画原作者、タコシェ元店員。著書に『小池一夫伝説』(2011年、洋泉社)、共著として『マンガ地獄変2 男魂マンガ高校』(宇田川岳夫ほか、1997年、水声社)、『マンガ地獄変3 トラウマ・ヒーロー総進撃!』(大久保太郎ほか、1998年、同)等がある。原作では高橋のぼる作画『警視正大門寺さくら子』(全8巻、2002-2004年、小学館)、脚本では中里介山原作、ふくしま政美作画『竜剣〜大菩薩峠』(2012-、グループゼロ)がある。劇画の復刻を活発に行ったことでも知られる。
※13:伊藤勝幸。『エロ魂!』連載時の『コミックピンキィ』編集長、担当編集者。1990年代には少女漫画家・勝戸いづみとして活躍。後、編集者に転じ、辣腕編集者として鳴らす。現在はぶんか社部長。ビッグマウスはダー松先生の命名。本人は「ビッグ・ミラクル」と豪語。
※14:ポスターでは高円寺平和になっている。高円寺平和劇場、高円寺日活平和と表記されることもあった。1946年開館、1989年閉館。
※15:ポスターでは阿佐谷だが、阿佐ヶ谷と表記されることもあった。1949年開館、1988年閉館。
※16:『バルジ大作戦』(1965年、日本公開1966年)ケン・アナキン監督作品。第二次大戦末期の戦車戦を描く大作。ポスターの3本立ての他の2本も参考までに触れておく。『裏切り鬼軍曹』(1968年)はバズ・クリーク監督、リー・マーヴィン主演の軍事法廷サスペンス。『コンドルの要塞』(1970年)はポール・ウェンドコス監督の20世紀初頭のメキシコを舞台とする冒険活劇。
※17:1966年生まれの漫画家。デビュー当時は玄田生、その後、山本夜羽を経て現在のペンネームに。『青年の性的闘争』(玄田生名義、1994年、ヒット出版社)、『マルクスガール』(山本夜羽名義、全2巻、1999-2000年、秋田書店)など著書多数。旧作の多くはKindle化されている。
※18:1959年生まれの漫画家。1982年デビュー。『彼女たちのカンプグルッペ』(1987年、大和書房)、『快晴旅団』(1989年、講談社)、『晴れた日に絶望が見える』(2003年、幻冬舎)、『あなたの遺産』(2004年、同)、『絶望期の終り』(2005年、同)。同人誌即売会に数多く参加し、私家版も多数。『マンガ論争』でも、表紙、連載でお世話になっている。現在は『ジャパニズム』(青林堂)にて佐藤守原作『stranger』を連載中。
※19:福谷たかし(1952-2000年)の阿佐ヶ谷を舞台にした青春コメディ。映画化、OVA化もされた人気作品だった。全35巻(芳文社)、現在はKindleで読むことができる。
※20:溝口敦は他にも山口組のドキュメントを多数出版。ももなり高・作画のコミカライズ版(2001-2011年竹書房)も多数。
※21:『刺青一代』(1965年)。主演:高橋英樹。出演:花ノ本寿、山内明、伊藤弘子、和泉雅子など。
『関東無宿』(1963年)。主演:小林旭。出演:伊藤弘子、平田大三郎など。
※22:『タモリ・ウッチャンナンチャンの世紀末クイズ“それ絶対やってみよう” 』(全3巻、1991-1992年、フジテレビ出版)「あるなし」または「あるない」クイズとは「○○にあって、××にない」という例を幾つか出して、その法則を答えるもの。
※23:1992-1993年に出たマネ本はAmazonで13冊確認できる。