”ルパン帝国再誕計画”森田崇さんインタビュー アルセーヌ・ルパン、かく蘇り!

P1030801イブニングに続き、移籍先・月刊ヒーローズでも無念の連載終了となってしまった、アルセーヌ・ルパン譚『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』。しかし以前より『813までは絶対に続ける』と言い続けていた作者・森田崇さんは、まさかの大逆転劇として、Kindleダイレクト・パブリッシング(KDP)を利用しての電子書籍販売、著者再編集版をリリースし、その売り上げで続編を描き続けるという“ルパン帝国再誕計画”を発動させた。

電書隆盛の時代だとはいえ、あくまでも主役は出版社が発刊する紙の単行本。そんなイメージも根強い中で、完全に電子書籍で勝負をかける。この斬新な計画について、森田さんへインタビューを敢行し、なんと4時間を超える超ロングインタビューを収録した。

が、さすがにすべてを本誌『マンガ論争19』に掲載するのは難しい。そこで本サイトを使い、まず『アバンチュリエ』ファンへ向け、作品内容などに関する部分を先行公開。その後、8月10日~12日に開催されるコミックマーケット94にて発刊の『マンガ論争19』にて、残りの電書戦略やマネタイズといった部分を掲載することとした。

それではさっそく、まずは復活を遂げた『アバンチュリエ』、その内容や著者再編集版についてのトークをお届けしよう。続きが気になるならば、『マンガ論争19』も手にとっていただければ、幸いである。


 

■原作通りのエピソード順こそが正解だった!

永山:まずは『アバンチュリエ』著者再編集版についてお聞きします。現時点だと『奇巌城』が一番新しいんですかね?

森田:はい、そうです。紙では出ています。今Kindleでやっている著者再編集版も、本当はもう出ていないといけないんですけど(笑)。色々と大変で、遅れています(※1)。『アバンチュリエ』は色々な版が出ていますからややこしいかもしれませんね(参考に書籍版を並べながら)。

永山:うわ、こんなにあるんだ。厚い(笑)。

森田:『奇巌城』3冊で普通の単行本の5冊分ありますよ。

佐藤:進むに連れて、どんどん厚くなっている(笑)。著者再編集版では、主にどの辺りを変えているんですか?

森田:まず、連載時には原作と順番を変えていたんですよね。ハーロック・ショームズを先に出した方がいい、とかの理由で。で、再編集版では原作通りの順番に戻しました。

これは当時も悩んだし、どっちが正解かは蓋を開けてみないとわからないんですけど、原作通りに直してみたら両方読んでいる方からも結構好評で。

原作のルパンは登場から逮捕、脱獄までが“掴み”で、その後はルパンの内面、ルーツを描いた話が続くんですよ。あと『ハートの7』編では作中でルパンとルブランが出会うという話。で、実は原作では、その後に『アンベール夫人の金庫』というルパンが19歳の頃の話、それも失敗談というか、ほぼ怪盗デビュー前ぐらいの話が入って、その後は『黒真珠』というひとりで盗みに入り、それをルブランに語って聞かせるという話も。

最初の逮捕から脱獄までがルパンの外側から見た派手さだとしたら、この辺りは内面とか、親しみやすさに迫る話なんですよね。その後にやっとショームズが出てくる。

この真ん中の内面部分を抜いちゃうと、ルパンが得体の知れないまま話を進めちゃったんだな、と。それで再編集版でこの順番に並べ直したら、すごいしっくり来るという感想がすごく多くて。ああ、結局原作の順番を変えちゃいけなかったんだな、と……でも結果論で今だから言えることで、当時の状況も考えたら難しいんですけど。理屈はわかるじゃないですか。早くショームズを出して、派手にしようって。

もうひとつは、章の間にコラム、解説を入れました。あと雑誌だとどうしてもページ数に縛られちゃうけど、本当はもっとゆったり描きたかったなというところがありまして。いくつかすごい気になったところを、ゆったりと、見開きに描き直したり。そういう作業をやっていって、“完全版”にしようかな、と。

あとは、カラー。入れられなかったカラーを入れたり、各巻冒頭に描き下ろしでカラー8ページとか10ページくらい入れましたね。

永山:巻頭カラーの増ページ、これはすごくいいですね。

森田:色も塗り直しているんですよ。最初のイブニング版は5巻で終わっちゃったんですけど、若干ルパンが得体の知れないまま進んじゃったんで、ちゃんと紹介して(読者を)安心させなきゃいけなかったのかな、と。

あと、児童向け書籍版のルパンはあまりにもヒーローすぎる。原作のルパンはもうちょっと危うくて、間違いも犯したりする青年で、正義の味方ではなく普通に悪人なんだよ、と。『公妃の宝冠』編では貧しい人にお金を配ったりしますが、イメージほど“Tha義賊”でもない。ねずみ小僧みたいに信念として貧しい人にお金を配ったりしているワケではない。

でも、ルパンの中にある「弱い人をほっとけない」みたいなところを、僕は最初に否定しすぎちゃったのかな、と思って。その辺りも含めて、「ルパンの内面はこんな感じなんだよ」と。時代背景などもありますし、こういう時代にあって色々なものに反逆した人なんだよ、と最初にわかりやすく紹介した上で読んでもらえれば、もっと読みやすいのかなと思ったんです。

永山:それが入っていると、なぜルパンは愛されたのか。劇中でですけど、ルパンは庶民から何故愛されたかがわかってくる。

森田:まさに。僕より上手く言ってくれました(笑)。

気をつけていたつもりではあったんですけど、古い作品を原作にした場合、当時の読者は色々な前提をわかっているんだけど、僕らはわかっていない。そこをちゃんと紹介しないといけないんですけど、そもそもそこから、最初(1巻冒頭)からやらないといけなかったというのは、当時に思い至っていなかったです。

※1:インタビューを行ったのは7月1日。『奇巌城』編 第8巻~第10巻のリリースは7月18日となった。

■歴史もの好きなら引っかかるフックも沢山盛り込まれているルパン譚

永山:でも、以前にインタビューした際にも言ったんですけど、当時の車はこのくらいの速さだとか、電信もそうですけど当時の最新テクノロジーがどれだけ衝撃を与えたのかとか。それをルブランが取り入れていて、その当時の現代小説って言ったら変だけど。

森田:当時の最先端のクライムノベルですよね。昔の色々なことを、今の水準でどうこう言ってもしょうがないじゃないですか。ルパンの変装も、今の画像解析なんかされたら全然バレる。ただ当時の写真はピンぼけだし、照明も今ほど明るくないし、当時の状況の中での最先端というのを感じて欲しい。その時の時代に合ったトリックを使っているというのが凄い。

僕らの時代にしても、昔の時刻表トリックはもう成り立たなくなったりしていますよね。ミステリに限らず、携帯が出る前と後で物語の作り方が違ってきたりだとか。会いたくてすれ違っちゃって会えない、ってのが無くなっちゃってる(笑)。

佐藤:歴史好きな人だと、いろんな時代を調べていたりもしますよね。個人的に第一次世界大戦について調べていたことがあったんですが、プロイセンの状況がどーだこーだ、というのが再編集版の『ハートの7』編と巻末コラムで読んで「あ、つながった!」みたいな。歴史モノってそういう面白さもあるというか、作品が別でも知識がつながる瞬間がある。

森田:『ハートの7』ではめちゃくちゃ解説入れましたからね(笑)。プロイセン、ドイツって複雑じゃないですか。小国の連邦みたいになっていて。調べていて面白かったものだから、詳しく書いちゃったんですよ(笑)。興味ある人、どれだけいるのかわからなかったですけど。

だから、歴史モノが好きな人には、いっぱいフックがあると思いますよ。これから描けたらですけど、アルザス・ロレーヌ地方が『813』ですごい関わってくるんですよ。小説『最後の授業』(※2)とかもありましたし、浦沢直樹さんの『マスター・キートン』でも取り上げたりしていた。そういうのが好きな人なら「ああ、これがこうなるのか!」と思ってくれると嬉しいです。

永山:ドイツになったりフランスになったり、ってところですね。

森田:そうです、そうです。ルブランはやっぱりフランス側目線で書いているから、アルザス・ロレーヌはフランスのものだって書き方しているんですけど、調べると割と「ドイツっぽいな」って気も(笑)。

永山:ルブランって、日本で言ったらウヨクなんですよ(笑)。

森田:(笑)。

佐藤:あの当時は、どこの国だってみんなウヨクじゃないですか(笑)。

森田:帝国主義時代ですからね。でも『ハートの7』の頃はまだ大戦前じゃないですか。その頃はまだ、そんなにドイツのこと悪く描いていないんですよ。『813』でもドイツ皇帝が出てくるんですけど、割と敬意を持って描いている。

そこまで国粋主義者でもないな? と思ったけど、『813』の後の『オルヌカン城の謎』、これがけっこうエグい描写もあるんですよ。第一次大戦が始まっていて、完全に戦争小説なんですけど、「子どもたちに未来永劫語り継がなければいけない……“ドイツ人は信用ならない”と」みたいな描写も。そのせいで、その後のナチス・ドイツ時代には、ルブランはナチスからマークされていたらしいです。

ただ、戦争三部作と呼ばれる『金三角』『三十棺桶島』『虎の牙』あたりだと、段々トーンが戻ってきていますね。『金三角』は戦傷兵を慰撫するような話で、ドイツに対してはさほどでもない。『三十棺桶島』に出てくる殺人鬼もドイツ人なんですけど、最後の方で「狂気の時代だったんだ」という書き方で、みんなが狂っていたんだと。

びっくりしたのが、『ルパン最後の恋』というのが5年位前に出たんですよ。未発表作だったんですけど、ルブラン晩年の作で、第二次大戦直前の時期に書かれているんです。あれだけドイツを嫌っていたんだから、ナチスが敵になるのかと思っていたら、全然ドイツの悪口がなくて、むしろ敵がイギリスだったんですよね(笑)。007とかMI6の前身みたいな諜報部が敵で。

で、ルパンが当時のイギリスの世界戦略を非難するんです。自分は泥棒はするが、人は殺さない。君たちは国の機関かもしれないが人を殺していくじゃないか、と。ルパンが「これからは世界平和だ」とか言いはじめて、すごくびっくりした(笑)。

永山:サヨク化だ(笑)。その当時の、世の中を鏡のように映しているんでしょうね。

森田:まさに同じ感想です。ルブランさんは右系の人だと思っている人も多いと思うんですけど、そうではなくて、その当時のヨーロッパ人の考え方、変遷が見えるんだな、と。

佐藤:イギリス人と大陸の人だと、第一次大戦で戦場になったか、ならなかったかでも考え方は違うんじゃないですかね。フランスは戦場になって、国がめちゃくちゃになってるのを見てるから、もう戦争は嫌だというのがイギリスやアメリカよりも強かったのでは。

森田:『ルパン最後の恋』だと、はじめてルパンが義賊的なことをしているんですよね。孤児のためだとか、スラムを整備したりとか。僕は今まで散々「ルパンは義賊じゃない、怪盗だ」と言ってきたのに、最後はこうなるのか、と(笑)。だから、ルブランさんの考え方も最後はこう変わっていったんだな、というのがすごく面白かったですね。

しかし、出たのがほんの5年前ですよ? ずーっとルパンを読んできて、まさか今になってこんなサプライズがあるとは。

※2『最後の授業』:アルフォンス・ドーデの短編小説集『月曜物語』に収録された短編。普仏戦争でフランスが敗北、賠償としてアルザス・ロレーヌ地方がドイツへと割譲されるため、以降その地ではフランス語を使うことが禁止される。主人公の少年に向けて行われる、最後のフランス語による授業の様子を描いた短編小説。

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